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東京・亀戸七福神めぐり



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亀戸(かめいど)七福神|東京の七福神めぐり

[亀戸七福神]

[期間]
1/1〜1/15(ただし常光寺の御開帳は〜7日、東覚寺・天祖神社は〜3日)、9〜17時
 亀は、古くから福徳長寿としてあがめられてきました。亀戸七福神では、その亀の甲に乗りさまざまなご利益を授けてくださる亀甲七福神の絵あわせが行われています。色紙・絵あわせ台紙・御神体(お姿)のお授けは1/7まで(有料)
[所要時間]
約2時間
[最寄り駅]
JR総武線・東武亀戸線亀戸駅
[モデルコース案内]
亀戸水神駅(7分)→常光寺(じょうこうじ)(寿老人・7分)→東覚寺(とうがくじ)(弁財天・6分)→香取神社(かとりじんじゃ)(恵比寿神・大国神・6分)→普門院(ふもんいん)(毘沙門天・6分)→天祖神社(てんそじんじゃ)(福禄寿・5分)→龍眼寺(りゅうげんじ)(布袋尊・18分)→亀戸駅


亀戸七福神 亀戸は、昔、亀の形をした小さな島で、亀島と呼ばれていました。附近には、北に向島(寺島)、南に大島、西に柳島等の名称が多く、葦の海辺が堆積して出来た亀島にも集落が形成されて亀村となり、周りの島々と陸続きとなって耕地となり、後に臥龍梅庭内にある亀ケ井(現存せず)と混合され亀井戸と呼ぶようになり、そこから変化して亀戸になったと言われています。


◆ 寿老人

■常光寺(じょうこうじ)

寿老人

 曹洞宗。本尊は阿弥陀如来、行基の作と伝えられています。江戸六阿弥陀詣の6番目霊場です。六阿弥陀詣とは春と秋のお彼岸に行基作の6体の阿弥陀像を参詣することで、江戸時代の人にとっては行楽の一つでありました。他の5か所は、西福寺、無量寺、与楽寺(以上北区)、恵明寺(足立区)、常楽寺(調布市)である。
 本堂の左横に寿老人を祀る寿老人堂がある。



◆ 弁財天

■東覚寺(とうがくじ)

弁財天

 真言宗。創立は、享禄4年(1531)で、開山は玄学と伝えられています。本尊は大日如来と阿弥陀如来を安置しており、江戸時代には当寺の不動尊が有名でした。明治43年に深川本村町(現、猿江2丁目)の覚王寺を合併しました。また、東覚寺は弘法大師の府内88ヵ所のうち73番目の札所です。
 門を入ってすぐ右側に弁財天を祀る小さなお堂がある。



◆ 恵比寿神 ◆ 大国神

■香取神社(かとりじんじゃ)

恵比寿神

大国神

 創立は、中臣鎌足が東国へきたとき、この亀島に船をよせて太刀をひとふりおさめて旅の安泰を祈ったことが始まりであると伝えられ、鎮祭は、天智天皇の4年(665)と伝えられる区内で最も古い神社です。
 また、平将門の乱のとき、俵藤太秀郷が当社に戦勝を祈り、祈願成就の後、弓矢を奉納し、以後武運長久を祈ることが多くなったといわれる。この古事に因む祭「勝矢祭」が、毎年5月5日に行われています。
 御祭神の経津主神は、日本の武将の祖神だが、現在では、スポーツの神として知られている。
 恵比寿神と大国神は、本殿に向かって右側に祀られています。大国神とは、いわゆる大黒様のことです。境内には、亀戸の地名の由来となった亀が井が復元され、恵比寿神と大国様の石像が祀られているので、井戸の水をかけてお参りするといいそうです。
 境内には、大きな亀戸大根の碑も立っている。亀戸大根とは、根が30cm程度と短く、わずか200g足らずで、日本一小さい大根らしいが、今では幻の大根となってしまった。



◆ 毘沙門天

■普門院(ふもんいん)

毘沙門天

 真言宗。元和2年(1616)に豊島郡石浜三股城内(いまの荒川区南千住3丁目)から移転してきたと伝えられています。その移転の際に誤って梵鐘を隅田川に落としてしまいました。そこが鐘ヶ淵(墨田区)の地名の由来となった言われています。
 墓地には、歌人の「伊藤左千夫」や幕末の名横綱「秀ノ山雷五郎」の墓などがあります。また、弘法大師府内88か所の内40番札所でもある。
 毘沙門天を祀る毘沙門堂は、大日如来を御本尊とする本堂の手前にある。



◆ 福禄寿

■天祖神社(てんそじんじゃ)

福禄寿

 創立年代は明らかでないが、推古天皇の時代に建てられ、聖徳太子の神体がまつられていたと云われています。また、天正年間(1573〜)悪病が大流行したとき、織田信長がこの神社で流鏑馬の行事を行わせたところ、たちまち収まったので、以来病気を治す神社として有名になりました。現在でも毎年9月16日の祭事として、子どもによる歩射(びしゃ)が行われています。
 正面の本殿には、天照皇大御神が、手前右側に福禄寿を祀る小さな社がある。



◆ 布袋尊

■龍眼寺(りゅうげんじ)

布袋尊

 天台宗。創立は、応永2年(1395)開山は良博。39世元珍が萩を好み、元禄6年(1963)に境内に萩を植えました。その後、明和7年(1770)住持義梅がさらに萩を増殖したので当寺を萩寺と称しました。中秋のころは遊覧の人が多く集う江戸の名所の一つとなりました。
 門を入って本堂手前右側に布袋尊を祀る布袋堂があります。また松尾芭蕉や歌人で国文学者の落合直文などの多くの句碑も立っています。




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